人は古来から知りたい存在なのだと思います。私たちは自分が何者なのかがわからなくて苦しい。そのような私が切実に知りたいことを掘り下げていくことで、私のことが、この社会のことが浮かび上がってきます。そうすることで、私も社会も変わっていくと考えたいのです。
研究はそもそも自分が知りたいことを問うことから始まっていたはずです。しかし、そのようにできないとか、そんな風に考えたことがなかったとかいう声が学会からも研究者の卵からも聞こえてきます。そのことも、「私」たちが自分が何者なのか知ることが難しく、また、社会を自分の目で捉えることが難しいことと同じ根から始まっているように思います。この社会が生きがたいのもきっと同じところからきているのでしょう。「私」たちはこのまま死んでいくことに納得できないのです。自分を知るということはこの社会を知ることでもあり、自分を変え社会を変えることと感じるのです。
そんな自分から始まる研究に関心を持って下さるあなたと時と場と言葉を共にしてみたいとこの企画を考えました。秋のひと時、ご一緒下さいませんか。
発表予定者紹介
「どうすれば自分を手離さないで生きていけるのか —より納得の行く生き方を目指して—」長井岳
自分の判断を信用しきれない。気づくと誰かに合わせている。自分の基準を持てない日常。でも、死ぬ寸前になるまで追いつめられれば、決死の思いで決断できる。そのように生きてきた。その状況を変えようとあがいても、なお「自分を手離している」感覚が拭い去れない。「どうすれば自分を手離さないで生きていけるのか」。そのヒントは、〈自分の基準を持てない〉はずの「日常」の中に隠されていた。
「なぜ警察に職務質問されてしまうのか」信田風馬
どういうわけか、警察から職務質問を受けることが多い。特に怪しいところはないはずなのだが何度もされるので、いつしか警官が怖くなり、びくびくしながら夜道を歩くようになってしまった。そして警官に職務質問されているときの私は、犯罪に手を染めたわけでもないのになぜかうしろめたい。罪をひた隠しにしているような気持ちになる。この〈うしろめたさ〉に注目しながら、職務質問が多い理由、私と警官のあいだで起きていることについて考えた。
「ロスト青春—私は何故青春が得られないと思っているのか」平井渚
「ロスト青春問題」…私は自分の中の青春に対する強い喪失感や劣等感を、この言葉でもって考えてきた。そもそも何故私は青春に喪失感を覚えているのか。そして現在を含めて、未来永劫青春が得られないと思ってきたのか。中学・高校時代の経験や、ひきこもりをしていた10代、そうした過去をどのように捉え整理してきたかを考えることで、私の中に確固として存在する青春への「疼き」の起源をさぐる。
「私が女の崩壊に惹かれる理由」松川明日美
私は映画や小説の中で悪女が出てくると、ゾクッとする。そしてその悪女から目が離せなくなっている。自分の好きな映画や小説を思い出してみると、私は悪女ばかり見ている。そしてその悪女に崩壊してほしいと望んでいる。
最初は悪女に引かれているところから始まった研究だが、やっているうちに「女の崩壊」に惹かれていることが分かった。女じゃなきゃだめ、崩壊じゃなきゃだめ、自分が惹かれるものに、どう惹かれているのか分析していくなかで、自分の縛りをひも解いていく研究。