2019.06.17更新

学生の声

※過去(または現在)学生が書いた文章を、時々紹介していくシリーズです。

【シューレ大学活動報告】No.41(2018年度第2号、2018年10月2日発行)より

僕の不登校

僕は昨年から研究ゼミに参加し始めました。理由としては、自分の不登校経験を捉え直したいからでした。
シューレ大学に入る以前の僕は、自分の中に有る「不登校」というレッテルを剥がしたいと思っていました。不登校になった小学3年生以降、僕は祖父や祖母、地域住民や同級生からの登校圧力に怯える事が多かったです。家にいれば「学校に行け」と言われ、外に出て知り合いに会ってしまえば「学校には行ったほうが良いよ」と声をかけられる。いずれにしても、相手からすれば良かれと思って言っていたのでしょうけど、僕にとっては自分を殺さんとする言葉の矢でしかありません。新たに人と出会っても、僕が不登校だと知ると馬鹿にしてくる人もいました。そういった事が原因で「今の自分は認められないのでは」「今の自分ではダメなのでは」という思いが、歳を重ねるごとに大きくなっていました。
ただ、母や、僕が通っていたフリースクールのスタッフなどからは「不登校は問題ではないよ」「学校に行くのが正しいとは限らない」と、声をかけられており、僕も言葉の上ではそれを理解をしていたつもりでした。しかし、他者の不登校にはその様に考えられるのに、自分の不登校はその様に考えられていなかったのです。

この感覚は、今でも僕の中に有ります。周りの人から受けた言葉による自己否定が、その後の僕に強く影響を与えているのは明らかです。それによって「不登校である自分」を認められないという事も、残念ながら理解出来てしまいます。しかし、他者の不登校に対して「それは問題ではない」「悪い事ではない」と言えてしまう、思えるはずの自分が、自身の経験に対してその様に思えないのは何故なのか。これが現状の自分の不登校経験に対する疑問です。

シューレ大学に入る前の僕は、これらを問題として捉えられていませんでした。シューレ大学の中で、自分と他者との経験を話し合い、この感覚に疑問を示される事で始めて、自身の自己否定の歪さを認識出来ました。

奥野隼